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 家族 娘夫婦と家内の母

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妻はつきあい始めたときから母一人子一人の家族で、結婚話になったとき妻の母と同居することになった。妻の母が京都の山科に小さい家を買って住んでいたので、そこで暮らすことになった。

一階が四畳半と台所、風呂とトイレ。二階が三畳と六畳間という極々小さな家だったが、新婚生活は楽しかった。

半年くらい経って近所で団地の開発が始まった。建て売りの一軒に関心を持ち、見に入ると欲しくなった。それは一階が四畳の台所と和室の六畳、それに洋間の四畳半、風呂もトイレも綺麗だ。二階はベランダがあって六畳間が二つと三畳間、それに物干し。

土地付きで一千百万は当時の月給では返せそうになかったが妻と共稼ぎなので買うことにした。 引っ越して三ヶ月目に妻が妊娠。退職すれば返済が.....。子供ができると妻は内職をして、生活費を切りつめてなんとか繋いでくれた。

娘が一人っ子なのは私が連続して不倫をしていたためだ。今思えばおおらかな妻と結婚したもんだ。

子供が小学六年で中学入学直前の正月に自分の部屋で泣いている。訳を聞くと「山科中学には行きたくない、京女かノートルダムにいきたい」という。

当時、その二つの中学は倍率が7倍くらいの難関校でろくに塾も通っていないのに、しかもあと二ヶ月で入試なのに、誰が考えても無理と分かる。

考えました。娘が山科中学へ行ったとしても、一生涯このことを忘れないだろうし、悔しさや無念さを引きずって生きるかと思うと、挑戦させてやれと思ったのです。そして、その日から五千題という分厚い入試の問題集を買ってきて、朝は六時から、夜は夕刻から夜半まで二人で猛勉強が始まったのです。

そんなこと習ったかと思うような問題も沢山あります。なんだか自分の勉強をしているようで.......。科学が一番覚えにくかった。二酸化マグネシウムとか化学薬品の特徴を覚えるのですが、良いことに気付きました。薬品を色のイメージで覚えたのです。酸の臭いだとオレンジ色、刺激臭だと赤というふうに。

二ヶ月間、娘も私も寝不足の中、必死で頑張って勉強しました。五千題を60日で割った問題を毎日毎日解いていったのです。

試験日が来ました。受験番号が46番。この数字は私の生活に良く出てくる数字。たとえば私の誕生日が1946年。娘には試験が始まったら問題を二回読むこと、落ち着いて考えること。慌てて書かないことを言い、最後に時間が余ったら怪しいと思う問題から見直すように言いました。

何日か後にノートルダムも受験しました。そして京女の発表日、私は仕事に行きましたが妻と二人からの電話を待ちました。「合格やっ」という妻の声、そして電話口で泣く娘。

娘は京都女子中学校から京都女子高校に進みました。私は次の大学の選択でも進路について娘にこうしろ、ああしろと言ったことは一切ありません。大学はその時既に引っ越していた今の自宅の隣にある立命に入っていました。

大学入試の前に今の自宅に越したのは山科の家の向かいにヤクザが越してきて、勝手に我が家のガレージを使ったり、因縁を付けて怒鳴り込んできたりで、婆ちゃんも娘もこりごりだから越したいと言い出したのです。

販売中の住宅を見て回る週末が続き、今の家を見つけたのですが申し込みが526人もあって駄目だろうと思っていたのが抽選に当たったのです。ラッキーストーリーの始まりでした。

大学を卒業し京都の科学に関係する会社で商品開発の仕事に就きました。禿頭にスプレーで毛を盛る商品の開発とか、笑い話みたいです。

その会社で経理をしていた人と付き合って結婚に至ったのです。彼は長男ですから実家に入るのだろうとちょっぴり寂しい気持ちでしたが、 結婚相手と顔合わせして、どこに住むのか尋ねると京都のマンションに入るつもりだと言う。

これはチャンスと私の家の近所に販売中の区画があるので自宅を建てたSxLに見積をさせた。娘達には住宅展示場を回って夢を膨らませてもらった。そして二人はその気になってくれました。

公的な借金と銀行融資を足しても資金不足なので足りない分を少し貸しました。 税務署に聞いたのですが、無利息でも構わないこと。寿命予想を超える返済期間でも構わないこと。で、四十年返済で毎月銀行に貸付額の四百八十分の1の金額を振り込んでくれます。

近くに居るからと言ってそうそう行き来があるわけではありませんが、助かることは沢山あります。もらい物を分け合ったり、収穫の栗や筍を分けたり、自宅が空になるときの猫の世話、ハシゴや大工道具、庭の手入れ用品などは一軒分で貸し借りです。

これを書いている2007年。孫ができたという朗報です。
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