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 家族 角居美和子

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この人と出会ったのは彼女が18歳で同じ会社に入社してきたとき。隣の課に配属。実は同じ入社で経理にも可愛い子が入社したので、どちらに声をかけようか迷ったが、角居君をドライブに誘った。この選択が後の私の人生を大きく変えることになるのだが.......。

すんなりと二つ返事でドライブに行くことになり、その日のために新しくジャケットを買ったのを覚えている。スズキのフロンテという買い立ての中古車で最初のドライブをしたのが3月30日。何故かこの日付を忘れない。

この日以来結婚まで五年間のつきあいが始まるのですが、何でも私の言うことを素直に聞いて付いてくる人でした。

独身時代、実に沢山の彼女と付き合いました。 たった三日で別れたのや、同時に四人の彼女とつきあったり、よくぞまあこれほど遊ぶかな、と周りに云われたものです。(今も言われとる)

たいがいの彼女と一回は行うお遊びのはなし。シチュエーションは並んで楽しく話しながら歩いているとき。突然「あれっ、かゆいっかゆい、あれっ、あれっ」と股の付け根の奥に手を入れたり、お尻のほうから手を入れて虫かなんかを探す動作をする。「あっ痛いっ、あれっ、あれっ」「何か刺さってへん」「見てぇや」と上半身を前に屈めて彼女にケツの辺りを見てもらう。

「どこぉー、どのへんょー」って彼女の顔が再接近した時に「ブリッ」。

その音が濁っていようものなら、彼女の顔は歪んでしまう。これで、ひっくり返った彼女もいれば、一目散に来た道を返すやつもいたけど、全員、ひどい顔で睨みつけるが、その後に二人して大笑い。大笑い。道行く人まで笑わしたものです。

たいがい、二度同じ手にはかからないものです、三度引っ掛かったやつが一人いる。今でも横におるやつ。笑っていいものか。


彼女とは夏休みに鳥取への軽四輪キャンプ旅行で初めてSEXをしました。あの旅は自分が政治活動から離れた開放感とともに旅自体も楽しくて忘れられません。

つきあって三年目くらいに妊娠しました。その時は結婚と言うことを全く考えていませんでしたが当然考えることになります。でも、結婚をするしないの話し合いはなく中絶しました。

彼女と付き合いながら他にも同時に四人くらい付き合うこともあったのですが、角居美和子は知っていても知らん顔して見過ごす人でした。でも、四条大宮の飲み屋の女の子に会いに行って店を出ると、向かい側の銀行の前で泣いている美和子を見て、可愛そうになった事を覚えています。

その直後に妊娠騒ぎが再びあって、急遽結婚話に発展していったのです。妊娠は嘘だったかもしれません。結婚を決めたのが12月。三月三日の結婚式は友人も親戚も会費制で行い、お祝い金も受け取らない方法で行いました。

グアム島の新婚旅行で始まった結婚生活は一年後に長女の出産を迎えますが、私の不倫生活が既に始まっている最中の出産です。不倫を知っていても何も言わず、知らないふりをしている美和子に気は付いていましたが、子供を連れて舞鶴の実家に帰る旅など、できるだけ家族にも楽しい機会を作るように努めてはいました。

離婚話は不倫の所に書いたので省きます。

状況が大きく変わったのは四十過ぎで不倫をやめてからです。山科から今の大津市の家に移る頃から家庭思いの良き主人へと変わっていきます。当然、美和子も嬉しいのです。その素直で快活さは今でも続いています。

美和子を見ていて、なんてあっけらかんとしていて物事にこだわらず、明るくて楽しい人かとつくづく思います。この人が居るからこそ無茶苦茶な私の行動も正しい方向へ修正されていると思うのです。

初めて声をかけるときに経理に入った子に声をかけなかったことは、幸運の女神が動いてくれたのか、私が強運なのか、幸せなる人生への分岐点でありました。

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