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 政治活動 共産党員

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労働組合の役員に政党関係者はいませんでしたが民青は政党ではありませんが明らかに日本共産党の支持組織です。無期限ストが民青や共産党にどのように評価されたかは想像できるもので、たぶん日本共産党の最高組織まで話は行ったと思います。

というのは、ストの後に会社にいる共産党員でなく京都の幹部から入党を勧められるようになりました。マルクスとレーニンの全集を買って読みあさりました。そのうちに政治という世界に魅力を感じだし、政治が動けば日本も変わると確信したのです。

共産党員は会社に六名ほどいましたが、党歴が長いが理論も行動も伴わないろくでもない党員ばかり。ある日、全国党員の理論水準を上げ、資質向上を計るとともに党員の実力を知るための全国試験が行われることになった。

筆記試験だったがけっこう難問が多かったことを記憶している。入党時に全集を全て読んだので、私はすらすらと解答が書けました。結果は京都府で最高ランクの理論取得者と認定されたのです。このままだと国会議員に進む事になろう水準です。

一方、党活動といえば民青とさして変わらず、赤旗の拡販と党員と民青の拡大活動だけ。大規模集会が開かれ動員がかかるが目的はその二つ。国会議員選挙をはじめ地方の選挙でも、勝つ見込みが全くなくても支持者数を知るために全ての区に立候補する。その候補者の票読みに出勤前から深夜まで歩き回るのです。交通費も何もかも自己負担で、おまけに党費を毎月払うのですよ。

いくら若くても連日の活動を一年も続けると考えます。いったいこれが政治活動なのかと。党員を将棋の駒のように動かしているだけじゃないか。政治理論や共産党のあるべき姿の討論など微塵もない。これではいくら努力しても日本を変えられないと。

組合役員を三期務め、次の年は立候補しませんでした。組合員からは惜しまれる声と、寝返りが卑怯だという声が半々。同じ時期に日本共産党に離党届を出しました。東京の本部から説得に来たのは理論水準が高かったからだと思いますが、きっぱりと断ると、会社の党員からは一切の慰留を受けなかったのです。

こうして私の青春時代の政治活動は終わりましたが、費やした時間も努力も惜しいとは思いません。こんな私の人生を振り返るとき感慨深いものがあります、決断が正しかったことを含めて 。

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